仙台高等裁判所 平成10年(ネ)212号 判決 1999年1月14日
控訴人
東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役
高階信弘
右訴訟代理人弁護士
田中登
本田哲夫
被控訴人
青木真理
右訴訟代理人弁護士
滝田三良
主文
原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
被控訴人は控訴人に対し、金一億一一五一万二三二二円及びこれに対する平成一〇年四月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は、第三項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 申立
控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却、控訴費用控訴人負担の判決を求めた。
第二 主張
一 請求原因
1 甲野太郎は、平成六年四月一日午後一一時一四分頃、普通乗用自動車を運転中パッシングしてきたように感じた後続車両の運転手に文句を言ってやろうと考え、福島県須賀川市内の路上において、被控訴人が運転する軽乗用自動車を停止させた上運転席ドアを蹴りつけるなどしたが、発進して逃走しようとした被控訴人運転車両を更に追跡し、これに追いつくやその右側に自車を接近させて並進させたり、高速度で追立ててパッシングをしてあおるなどしながら約4.5キロメートルにわたり走行を続け、被控訴人に対し、郡山市安積町笹川字高瀬<番地略>付近の右カーブにおいて、的確な運転操作を不能ならしめて軽乗用自動車を右前方に滑走させて石塀に衝突させ、その結果、被控訴人は頭部外傷、頭蓋骨骨折、脳挫傷、外傷性くも膜下出血等の傷害を負い、中枢性両側性片麻痺、両側性外転神経麻痺、顔面神経麻痺、中枢性構音傷害等の後遺障害が生じ、そのため、原判決四枚目表四行目から五枚目表初行までに記載のとおり合計一億六二九〇万二九五一円の損害を被った。
2 甲野は、平成六年三月一二日、控訴人との間において、甲野運転の車両につき、保険期間を同日午後四時から平成七年三月一二日午後四時まで、対人賠償責任保険金額を無制限とし、被保険者である甲野が損害賠償責任を負うに至ったときには、損害賠償請求権者は控訴人が被保険者に対し填補する責任を負う限度において、控訴人に対し損害賠償額の支払を請求できる旨の約定のある自動車総合保険契約を締結した。
3 よって被控訴人は、控訴人に対し、自賠責保険及び甲野からの既払分合計三二三四万二五一四円を控除した金一億三〇五六万〇四三七円及び内金一億二七五六万〇四三七円に対する平成六年四月一日から支払済みまで年五分の割合による保険金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、損害の主張は争うが、その余は認める。
2 同2の事実は認める。
三 抗弁
1 本件保険契約には、被保険者の故意によって生じた損害については填補しない旨の約定(以下「本件免責条項」という。)があるところ、本件事故は甲野の故意により生じたものである。なお、右約定の「故意」の意義に関する主張は、原判決六枚目裏末行から七枚目表一〇行目の「適用され」まで(但し、「適用され」を「適用される。」と改める)のとおりである。
2 被控訴人は、平成七年五月以降、障害基礎年金年額九八万一九〇〇円、障害厚生年金年額四四万一三〇〇円を受給しているので、本件口頭弁論終結時までの既受領分を損益相殺により逸失利益から控除すべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁1に事実中、本件免責条項の存在は認めるが、本件事故が甲野の故意によるものであることは争う。右「故意」の意義に関する主張は、原判決五枚目裏三行目から六枚目裏一二行目までのとおりである。
なお、被控訴人は同2の事実は明らかに争わなかった。
五 控訴人の原状回復の申立
1 控訴人は、被控訴人に対し、平成一〇年四月九日、原判決が認容した元金九二九九万〇六二八円及び平成六年四月一日から平成一〇年三月二五日までの遅延損害金一八五二万一六九四円の合計一億一一五一万円二三二二円につき、原判決の仮執行宣言に基づく執行に代えて、支払った。
2 よって、控訴人は、被控訴人に対し、民事訴訟法二六〇条二項に基づき、原判決が変更される場合においては金一億一一五一万二三二二円及びこれに対する商事法定利率年六分の割合による損害金の支払を求める。
第三 当裁判所の判断
一 請求原因1のうちの本件事故の発生及び同2の事実(保険契約の締結)については、当事者間に争いがない。
二 そこで、抗弁1のうち本件免責条項の存在は当事者間に争いがないので、本件事故が甲野の故意により生じたものとして控訴人が免責されるものか否かについて検討する。
1 甲第二号証、第三号証の一ないし五、第四、第五号証の各一ないし三、第八号証の一、二、第一〇号証の一、二、第一五号証、第二九号証、第三二ないし第三九号証、第四六号証の一ないし四、第五一号証の一、二、乙第一二ないし第一四号証、原審における相被告甲野本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。
甲野は、平成六年四月一日夜、郡山市内で飲酒した上、午後一一時頃から友人二名を乗せて普通乗用自動車を運転していたところ、後続の軽乗用自動車から一旦追い抜かれたのを抜き返したものの、同車からパッシングされたように感じたため、面白からず思って運転手に文句を言ってやろうと考え、須賀川市内の路上で自車を急停止させ、続いて停車した被控訴人運転の車両に自車から降りて行って近づき、強い調子で文句を言いながら窓ガラスをたたき、ドアを蹴るなどした。そこで、被控訴人は右軽自動車を急発進させて逃走しようとしたが、甲野はこれを追いかけて停止させ、被控訴人を車内から引きずり出してうっぷん晴らしに殴打しようと考え、自車を発進させてこれを追跡した。
甲野の追跡に気付いた被控訴人が最寄りの派出所まで行って助けを求めようと加速したのに続いて、甲野は高速であおりたてるなどして、被控訴人に運転を誤って事故を起こすかもしれないという恐怖を感じさせて停止させるか、もし停止せずに事故を起こしてしまってもそれは相手の責任であり構うものかという気持ちで、時速一〇〇キロメートル前後から時速一四〇キロメートルに及ぶ速度で更に追跡を続けた。甲野は、自車を被控訴人運転車両の右側に幅寄せし、あるいはすぐ後方から前照灯をパッシングするなどしてあおり続け、本件事故に至る前にも被控訴人車両がT字路交差点を左折する際、大きく反対車線にはみ出したため、甲野も同車がそのまま右側路外の土手に突っ込むか、或いはその間にある用水路に落ちてしまうのではないかとひやりとする場面もあった。また、その間同乗の二名の友人も恐怖を感じたり、被控訴人を可哀想に思って、止めるよう再三言ったにもかかわらず、かえって甲野は、ここで止めれば友人に馬鹿にされてしまうと思い、なおもそのまま被控訴人車両を約4.5キロメートル追跡走行した。それから間もなくの午後一一時一四分頃、郡山安積町笹川字高瀬<番地略>付近の右方に湾曲した道路において、被控訴人はカーブに即応した速度調節とハンドル操作をすることができなくなり、そのため当該車両が右前方に滑走し、右側の人家の石塀に激突した後、甲野運転車両と衝突して停止した。
この事故により、被控訴人は頭部外傷、頭蓋骨骨折、脳挫傷、外傷性くも膜下出血等の傷害を負い、現在、両下肢機能全廃、右上肢機能全廃、左上肢機能の著しい障害、音声機能の著しい障害があり、身体障害者一級に認定されている。
2 本件免責条項は、被保険者の故意による損害については保険者は、これを填補しないものとしているところ、本件において甲野は、右認定のとおり、被控訴人の車両が事故を起こすかもしれないことを認識し、かつそれでも構わないと思っていたことは明らかであり、また、時速一〇〇キロメートルを越える速度で走行している軽乗用自動車が事故に遭った場合には、その搭乗者が重大な身体被害を受けるであろうことは明白であるから、甲野には被控訴人の前記傷害の結果についての故意があったものというべきである。したがって、被控訴人が被っている傷害は甲野の故意によるものであるから、これは本件免責条項に該当する損害であるといわざるを得ない。
被控訴人は、故意によって生じた損害とは、甲野が予見していた損害に限定されるべきである旨主張する。しかし、本件の態様に照らして、甲野において被控訴人が重大な身体被害を受けることを予見していたことは明らかであり、その前提を欠くので、採用し得ない。また、被控訴人は、最高裁判所平成五年三月三〇日第三小法廷判決の趣旨からすると、被控訴人が死亡したときには本件免責条項の適用がないのに、本件では適用があるとするのは均衡を失する取扱であるとも主張する。しかし、右最高裁判所判決は、通常であれば精々のところ軽度の打撲程度の傷害しか予測できない行為を原因としている事案について、保険契約当事者の意思解釈上、死亡という全く意外な結果についてまで免責の効果が及ぶことはないとするものである。ところが、本件においては、身体障害者一級に該当する重大な後遺障害が生ずることはもとより、より不幸な事態に至ることまでも予測、認容していると認めることができる甲野の行為を原因としているのであるから、仮に本件事故により死亡の結果が生じたとしても、保険契約当事者の意思解釈として、一義的に本件免責条項の適用が排除されることになるのかどうか、右判例の基礎となっている事案と対比した場合、むしろ消極の結論となる公算が大であるというべきである。尤も、この結論では被害者の救済に役立たないことになる。責任保険の制度上、このような結果となるのもやむを得ないというのが本判決の立場であるが、被害者救済の視点を軸に、責任保険制度の総合的再検討をする必要性は痛感しているところである。ともかくも、このような次第で、右主張もまた採用の限りでない。
3 そうすると、本件免責条項による免責を主張する控訴人の抗弁は理由があるので、本訴請求は棄却を免れない。
三 控訴人が原状回復の申立を原因として主張する事実は、被控訴人において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなされるところ、右事実によれば、一億一一五一万二三二二円及びこれに対する商事法定利率年六分の割合による損害金の支払を求める右申立は理由がある。
四 よって、原判決中控訴人敗訴部分を取消した上被控訴人の請求を棄却し、控訴人の原状回復の申立についてはこれを認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 佐々木寅男 裁判官 佐村浩之)